規則的に整列した結露水滴をテンプレートとして作製した高分子多孔質膜・広範な応用を期待
Published : 2018.11.08 / DOI : 10.1080/14686996.2018.1528478
年末の大掃除で、窓ガラスに息を吹きかけ、曇らせて拭くが、この曇った状態を英語で”Breath figure”と言う。このBreath figureを巧みに使うことで、サブミクロンから数十ミクロンサイズの一定の穴が規則的に並んだ高分子ハニカム多孔質膜を作製することができる。このハニカム膜には、光学・フォトニクス、超撥水性表面、組織再生など、多くの応用分野が拡がろうとしている。
従来、ミクロンレベルの構造を持つ膜の作製法は、リソグラフィーを基本とするトップダウン法と、結晶成長や化学反応を利用した自己組織化法によるボトムアップ法に大別されるが、構造の設計し易さ、制御性、量産性といった観点から、産業生産としては、リソグラフィーを基本とするトップダウン法が主流である。
一方、Breath figureは結露した水滴からなるが、この結露した水滴はサイズが揃い、しかも規則的に配列している。この特性を利用して、基板上の高分子溶液に結露させ、結露水滴が規則的に整列したものをテンプレートとして、高分子ハニカム多孔質膜を自己組織化的に形成させることができる。ボトムアップ法でありながら、産業生産へ適用することができる。
Science and Technology of Advanced Materialsに、東北大学、藪浩の発表したレビュー論文 Fabrication of honeycomb films by the breath figure technique and their applications はこのBreath figure法を用いた高分子ハニカム多孔質膜作製の最近の研究を紹介している。
高い湿度条件下で、両親媒性の高分子溶液を基板上にキャスト成膜すると、溶媒が蒸発し、気化潜熱で膜表面の温度が下り、雰囲気中からサブミクロンからミクロンサイズの水滴が結露する。水滴間の隙間に溶液が毛細管効果により上昇、溶媒が蒸発を続ける。この過程で、水滴の規則的配列は促進され、溶媒が失われた時、この水滴の配列は固定される。さらに水滴が蒸発することで高分子ハニカム多孔質膜が形成される。膜材料としては、目的に応じて、高分子材料の他にも、超分子材料、無機ナノ粒子などの多くの材料が研究されている。このハニカム膜の製作は、産業生産規模へのスケールアップが可能であり、そのため、期待できる応用分野も、光学、フォトニクス、表面科学、バイオテクノロジー、再生医療分野などへと拡がっている。
成膜技術の研究は、膜を形成する高分子材料に止まらず、膜材料を溶かすための溶媒の選択、溶媒と水滴の間の界面張力、成膜基板、成膜プロセスについての研究も行われている。さらに成膜後の膜の改変も研究されていて、例えば、ハニカム膜表面へ、金属を堆積させ、膜に電気および熱の伝導性を持たせることが可能である。スピロピラン側鎖を持つ両親媒性フォトクロミックポリマーからなるハニカム膜は光照射により色を変えることができる。ZnO、TiO2などのハニカム膜への堆積も行われている。さらにハニカム膜をテンプレートとして種々の材料表面に、六方構造のミクロ周期構造をパターン転写により作製することができる。例えば、Si基板上にハニカム膜を生成し、上半分を粘着テープで剥がし取ると、空孔と列柱が六方対象に配列した膜ができる。これをマスクとして、Si基板をドライエッチングすると、Si表面は針山状になり、無反射表面ができる。太陽電池に応用することで、発電効率を高めることが期待できる。また、弾性のあるハニカム膜の引張ないし圧縮による機械的変形加工、クロスリンクによる膜の熱的、化学的安定性の向上、表面改質なども研究されている。
ハニカム膜の応用としては、まず光学応用として、ミクロな空孔がハニカム状に規則的に整列していることから、まずフォトニック結晶への適用が考えられている。ハニカム膜をテンプレートとして、Si表面をドライエッチングしてつくるSiのミクロな列柱配列が赤外領域のフォトニック結晶として機能し得る。一方、ハニカム膜は撥水性材料が使われている上に、その構造から、超撥水性表面への応用というのが多く研究されている。また、生体医療分野において、細胞培養基ないし組織再生基への応用が多く研究されている。
著者の指摘によれば、ハニカム膜の応用分野を広めてゆくためには、膜材料の性質の制御、特徴ある膜のミクロ構造の利用が重要である。例えば、光学・フォトニクス分野で使うためには膜材料の屈折率の制御が必須である。また、再生医療分野で、ハニカム膜を移植可能な組織再生基として利用するためには、生分解性を持つ膜材料の開発が必要である。このような開発がなされてゆくことで、このユニークなボトムアップ膜合成法が、今後さらに展開してゆくと思われる。
論文情報
- 著者
- Hiroshi Yabu
- 引用
- Sci. Technol. Adv. Mater.19(2018)802.
- 本誌リンク
- http://doi.org/10.1080/14686996.2018.1528478