磁場印加が、損傷組織再生のための血管新生を加速させる
Published : 2021.06.28 / DOI : 10.1080/14686996.2021.1927834
磁性粒子を含む足場材に間葉系間質細胞(Mesenchymal stromal cells:MSCs)を培養し、弱い磁場を印加すると、MSCsはより多くの血管内皮成長因子-A(Vascular endothelial growth factor-A:VEGF-A)を分泌し、血管新生を促すことが試験管内、生体内いずれの実験でも見出された。
虚血により損傷を受けた組織の血管形成を促し、血流を回復するために、損傷組織に血管新生因子を送達するという血管新生治療は20年ほども前から提案されている。しかし、今でも血管、特に心血管損傷の罹患率は高く、世界の年間死亡率の30%以上を占めている。投薬による内科治療、バイパス手術、ステント挿入などの外科治療が行われるが、血行の回復は十分達成されているとは言い難い。血管を新生させ、損傷組織を置き換えるという組織工学としての新しい工夫が求められている。
Science and Technology of Advanced Materialsに、ポルトガル国リスボン大学、Federico Ferreiraらが発表した論文 Magnetic stimulation of the angiogenic potential of mesenchymal stromal cells in vascular tissue engineering において、間葉系間質細胞を用いて血管新生させるという細胞治療法を試みる際、細胞に弱い外部磁場を印加すると、血管新生の効力をより強くする、ということが報告されている。
著者らは、提供されたヒト骨髄から採取したMSCsを用いた。このMSCsは幹細胞の一種で、種々の異なる細胞に変化できるとともに、血管形成を促進するVEGF-Aを分泌する。このMSCsを、酸化鉄の磁性ナノ粒子を含む二種のヒドロゲル足場材;ポリビニールアルコールおよびゼラチンの上で培養し、0.08Tの弱い磁場を24時間印加した。その結果、ポリビニールアルコールゲル上で培養したMSCsによるVEGF-A産生は、磁場の印加後減少したが、ゼラチンゲル上で培養したMSCsによるVEGF-A産生は、磁場印加後増加し、しかも、このVEGF-A抽出物には、ヒト血管内皮細胞が枝状血管網を発芽新生させるのを促進する効果があることが認められた。
さらに、ヒト臍帯静脈内側から取り出した内皮細胞を培養皿の上に間隔を開けて並べ、これにゼラチンゲル上で磁場処理したMSCsを加えると、細胞は20時間で間隔を狭めるように移動した。これは、磁場処理を受けなかった細胞の場合には30時間を要したのに比べて格段に速くなっていると言える。培養皿の下に直接磁石を置くと、細胞はちょうど4時間で間隔を狭め始めた。
また、ゼラチンゲル上で磁場処理したMSCsが産生したVEGF-Aを、ヒヨコ胚に加えると血管の形成を増加させることも見出された。ただこの結果の確認には追加の研究が必要である。
磁場が細胞に印加された時、分子レベルで何が起こっているかを理解するにはさらなる研究が必要である。しかし、血管の損傷部位に酸化鉄ナノ粒子とMSCsを内包するゼラチンゲルを置き、短時間磁気処理することで血管損傷を治癒させることがいずれできるようになる、と著者たちは述べている。他方、ポリビニールアルコールゲル上で磁気処理されたMSCsのVEGF-A産生は減少し、血管の成長が抑制されるので、がん細胞の増殖を抑制できる可能性があると著者らは示唆している。
著者たちは、MSCsが磁場に晒された時、どの代謝経路が活性化されるのかを突き止めたいとしている。それにより、このMSCsに磁場を印加するという技術の理解が進み、より広い分野への応用が期待できる、としている。
論文情報
- 著者
- Ana C. Manjua, Joaquim M. S. Cabral, Carla A. M. Portugal & Frederico Castelo Ferreira
- 引用
- Sci. Technol. Adv. Mater.22(2021)461.
- 本誌リンク
- http://doi.org/10.1080/14686996.2021.1927834