Published : 2013.04.11 / DOI : 10.1088/1468-6996/14/2/025003
細胞間基質の硬度が心筋細胞分化を左右する
心臓はあらゆる臓器の中でもっとも自己再生能力に乏しい臓器であり,心筋梗塞等の心疾患で失われた心筋細胞はほとんど再生しない.しかし一方で,胎生期の心筋細胞はおどろくほど可塑性に富んでおり,旺盛な増殖力を示すのみならず,心筋以外の循環器系の各細胞種にも分化する多分化能を有している.したがって,胎生期心筋の発生メカニズムの解明は心筋再生医療の鍵であると同時に,試験管で無限に増殖し多臓器に分化しうる胎生幹細胞(ES 細胞)や多分化幹細胞は,心筋前駆細胞・心筋細胞の無尽蔵の供給源として期待されている.ところが,実際にES 細胞を試験管内で培養した場合,成人の心臓に見られる心筋細胞ほど高度に成熟しないことが知られている.ES 細胞から心筋細胞への分化には分泌因子・細胞外基質等の細胞間シグナル分子が大きな役割を果たすが,これまでのスタンダードな分子細胞生物学的アプローチによる試験管内心筋細胞誘導手法には限界があった.
UCLAのNakano, Gimzewskiらは,細胞が分化・増殖する際の物理的環境に着目し,細胞接着の足場としての基質の硬度が,心筋細胞の分化・増殖をコントロールする独立した因子であることを突き止めた.本研究の成果はScience and Technology of Advanced Materials 最新号に掲載された論文で報告されている.
著者等は,ヒト・マウス両方のES 細胞をさまざまな硬度のシリコーン有機ポリマー上で培養し,心筋への分化・増殖を検討したところ,心筋前駆細胞は,硬い基質の上で培養した場合により効率よく分化する傾向があることを示した.[ビデオ資料あり] また,すでにある程度分化した心筋細胞は機能的により成熟することも確認した.さらに,この方法で成熟させた心筋細胞は生体由来の心筋細胞と同期して拍動しうることから,将来的に心臓へ細胞移植を施した際にも機能することが期待される.
別のタイプの幹細胞である間葉系幹細胞を試験管内で培養した場合,分化の方向は基質の硬度に依存することが知られている.たとえば,柔らかい足場で培養すれば神経細胞様に,硬い足場で培養すれば骨細胞様に分化する.したがって,幹細胞の分化が基質硬度に依存するのは,心筋前駆細胞や間葉系幹細胞に限らずより一般的な現象なのだと考えられる.基質硬度のほかにも,周期的拍動,電気的パルスといった物理的環境は,幹細胞分化誘導因子としてこれまで考えられていたよりも重要な役割を果たしているのかもしれない.このことは今後の幹細胞細胞移植治療や再生治療の実現に向けてひとつのヒントとなるであろう.
- 論文連絡先:Atsushi Nakano, Department of Molecular, Cell and Developmental Biology, University of California, Los Angels, CA 90095, USA
論文情報
- 著者
- Armin Arshi, Yasuhiro Nakashima, Haruko Nakano, Sarayoot Eaimkhong, Denis Evseenko, Jason Reed, Adam Z Stieg, James K Gimzewski and Atsushi Nakano
- 引用
- Sci. Technol. Adv. Mater.14(2013)025003.
- 本誌リンク
- http://doi.org/10.1088/1468-6996/14/2/025003