紙でできたコンピューターやタッチスクリーンも可能に
Published : 2017.08.30 / DOI : 10.1080/14686996.2017.1364976
手触りはガラスのように滑らか、しかも、透明で電気も流せる。まさに従来の「紙」のイメージを変えるような「紙」の開発が進んでいる。この「紙」の正体は、ナノセルロースを漉いて作ったナノセルロース紙。現在、多くの電子デバイスは、プラスチック、ガラス、そしてシリコンでできているが、再利用には不向きといった問題がある。一方、ナノセルロース紙は、再利用性や生分解性だけでなく、強度は高く、かつ、軽量であるという特徴も併せ持つ。ナノセルロースがエレクトロニクスの基板材料の主力として注目される所以だ。過去30年、科学者はナノセルロース紙の特性とエレクトロニクスを結びつける方法を探してきたが、近年その取り組みに急速な進歩がもたらされている。
Science and Technology of Advanced Materialsに、シンガポール、南洋理工大学(Nanyang Technological University)のShaohui LiとPooi See Leeの発表したレビュー論文 Development and applications of transparent conductive nanocellulose paper は再生可能なナノセルロース紙を用いた環境に優しい次世代電子デバイスについて紹介している。
セルロースは植物体の主要成分で、環境に優しく、再生可能で、地球上に最も豊富にある生体ポリマーの一つである。セルロース自身は、長さ1-3 mm、直径 20-50 µmの階層構造を持った繊維であるが、長さ1 µm以下、直径1.5-3.5 nm 程度のナノセルロースが最小要素を構成している。 これまで、ナノセルロースの精製方法がボトルネックの一つとなっていたが、本総説では、植物セルロースから異なる分解方法で取り出せるナノ結晶セルロースとナノ繊維セルロース、さらにバクテリアナノセルロースの特徴、分解方法、ナノセルロース紙作製法、透明度などを2章にまとめて紹介している。さらに3章では、透明で電気伝導性をもつナノセルロース紙の応用について、エレクトロクロミック素子、タッチセンサー、太陽電池、トランジスター、有機発光ダイオード、その他の応用例を挙げながら紹介している。 例えば、ある伝導性ナノセルロース紙は半分にたたむのを500回繰り返しても、なお電気伝導性を残していたし、透明性についても最高値で90%と透明性プラスチックに匹敵する値を示している。なによりも汎用性プラスチックにない特徴として生分解性が挙げられる。ナノセルロース紙でできた電子基板を地中に埋めると、一ヶ月後には完全に分解した。今のところ、分解性に乏しい熱硬化性のエポキシ樹脂とのコンポジットがどのように分解するかなど、実用化に向けた研究が進められている。 ナノセルロースエレクトロニクスが実際に使われるためには、まだ多くの課題を克服しなければならない。例えば、コストの問題が挙げられる。現在の精製法では、プラスチックやガラスに比べると非常に高価になってしまう。原料のナノセルロースを安価に製造し、それを漉いて“紙”にする一連のプロセス開発が必要である。エレクトロニクス産業で用いられているロールツーロールの高速印刷法のような手法が応用できるかもしれない。また、生分解性というのはセールスポイントである反面、耐久性能を満たせるかという問題にも取り組まなければならない。近い将来、これらの問題が解決され、植物由来材料のエレクトロニクスが大きく展開することを期待している。
論文情報
- 著者
- Shaohui Li & Pooi See Lee
- 引用
- Sci. Technol. Adv. Mater.18(2017)620.
- 本誌リンク
- http://doi.org/10.1080/14686996.2017.1364976