飲み忘れも心配なし!?時限爆弾式薬物放出システムの開発

A smart hydrogel-based time bomb triggers drug release mediated by pH-jump reaction

2012.10.20掲載
ARTICLE

Published : 2012.10.18 / DOI : 10.1088/1468-6996/13/6/064202

日本は,医療費に占める薬剤比率が先進国の中でも飛びぬけて多いといわれており,国民全体で計算すると1日当たり約35億6千万円も支払っていることになる.実際に日本で認可されている薬は15,000種にものぼるといわれているが,その一方で,薬の投与方法に関しては古くから“飲む,打つ,貼る”などに限定されてきた.例えば,薬を決められた時間に毎日飲むというのも,血中薬物濃度を一定に保つための苦肉の策である.この回数を減らすことができれば,薬の飲み忘れの危険性を回避できるだけでなく,生活の質(QOL)の向上にもつながる(図1).このように,薬のカプセル部分に工夫をほどこすことによって従来よりも高い薬効と低い副作用を得るドラッグ・デリバリー・システム(DDS)の研究が盛んに行われてきている.

我々の1日の生活は時間に追われ薬の投与ができる時間が限られている.飲み薬ならまだしも,注射となるとさらに難しくなる.そこで一度起爆させると,一定時間後に薬が放出するようにプログラムできる時限爆弾式カプセルの開発が望まれる.

例えば,“光”を外部刺激として利用した場合,局所でのピンポイント刺激が可能であるのに対し,“熱”や“濃度”刺激は物質内を伝達することができるという点で魅力的である.特に,“pH”変化などの化学刺激は主に化学物質の濃度勾配を駆動力として伝達するため,最初に刺激した部位以外にも時空間的な広がりをもって刺激シグナルを伝達する可能性を有し,生体内現象により近いと考えられる.しかしながら,この種の伝達機構は,ハイドロゲル内などの閉ざされた空間内の化学物質の濃度を局所的に変化させることが困難となるため,外部からの遠隔制御を基本としたシステムへの展開には不向きと考えられてきた.

こうした背景のもと,独立行政法人物質・材料研究機構(NIMS) 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)生体機能材料ユニットでは,これまで外部からの刺激に応答して薬の放出を“on-off”制御可能な新たなカプセル開発に向けた研究を続け成果を上げてきている.青柳 隆夫らによる本研究では,上記限界を克服するため,光に応答してプロトンを放出する“pHジャンプ反応”をpH応答性ゲル内に組み込んだDDSを提案している.即ち,最初に光照射によってゲル内で局所的にプロトンを発生させ(起爆),発生したプロトンが時間とともにゲル内を拡散し,やがて薬物内包部位まで到達すると薬物が脱離して放出(爆破)する仕組みである.照射する光の強さなどで爆破時間を制御することができる事が報告されており,例としてパーキンソン病の薬でもあるドーパミンの放出を投与後5時間後に加速させ得ることが実証されている(図2).

光応答性pHジャンプ反応を組み込んだゲルからのドーパミンの放出挙動.光照射によってゲル内で局所的にプロトンが発生し(起爆),発生したプロトンが時間とともにゲル内を拡散し,やがて薬物内包部位まで到達すると薬物が脱離して放出(爆破)する.

論文情報

著者
Prapatsorn Techawanitchai, Naokazu Idota, Koichiro Uto, Mitsuhiro Ebara and Takao Aoyagi
引用
Sci. Technol. Adv. Mater.13(2012)064202.
本誌リンク
http://doi.org/10.1088/1468-6996/13/6/064202