光応答基板を利用し、細胞集団の移動挙動に重力の方向が及ぼす影響を調べる
Published : 2023.05.03 / DOI : 10.1080/14686996.2023.2206525
NIMSの中西 淳およびその共同研究者らは、光応答性分子を被覆した基板を利用することで、細胞集団の動きが重力の方向によって異なることを発見しました。長期療養患者におけるガン進行について重要な情報を与えると期待される本研究成果は、2023年5月3日に「Science and Technology of Advanced Materials」誌に掲載されました。
微小重力下での植物の成長や、胚発生を調べる研究は、回転を利用して重力を打ち消す装置(クリノスタット)などで行われてきましたが、一方、地球重力下で重力方向の違いが細胞の集団移動挙動にどのような影響を及ぼすかについてはまだ良く理解されていません。本研究の成果は、長期療養患者の細胞に何が起き得るのか、ガン細胞の移動に重力の方向が与える影響を理解するのに役立つ可能性があります。
この研究に用いる機能性表面は、金基板表面に、光分解性のポリエチレングリコール(PEG)を被覆することで得られますが、この段階では細胞は基板に付着することはできません。中心部分に円形の穴のあるマスクを介して基板表面に光を照射します。これにより光照射を受けた中心の円形部分のPEGを除去することができ、この円形部分に細胞を付着させ円形の細胞集団を形成します。その後、マスクを介して円形細胞集団部分に当たらないように遠方より光照射を行い、残るPEGを除去します。これにより細胞集団は周囲に成長、広がることが可能になります。研究チームは、図の下段左側に示す順方向の重力環境と、基板を反転させた右側の逆重力方向環境で、それぞれ細胞集団の動きを観察、比較しました。
「順方向の重力環境では、細胞集団の周囲に複数個のリーダー細胞が出現し、そのリーダー細胞に従って、突起を出すように細胞集団は周囲に形を変えながら広がっていきました。他方、逆方向では、リーダー細胞の出現が抑制されるとともに、アクチンとミオシンというタンパク質から構成されるファイバーが細胞集団内で再配置し、細胞集団を広がらせず、もとの形状を保とうとしました」とNIMS、Shimaa Abdellatefポスドク研究員は述べています。
開発した光応答性基板は、細胞が付着する表面と物理的接触することが必要な従来の手法よりも、細胞移動の遠隔誘導を可能にする点で優れています。研究リーダーの中西淳は、「我々は、開発したこの手法を、ガン細胞が重力の方向に対してどのように反応するかを解析することに用いたい。それにより、正常細胞とガン細胞の振る舞いの違いを見いだせば、長期療養患者におけるガン進行について重要な情報を与えることが出来ると期待しています」と述べています。
論文情報
- 著者
- Shinya Sakakibara, Shimaa A. Abdellatef, Shota Yamamoto, Masao Kamimura and Jun Nakanishi
- 引用
- Sci. Technol. Adv. Mater.24(2023)2206525.
- 本誌リンク
- http://doi.org/10.1080/14686996.2023.2206525