生体内酵素に反応してアパタイトに変化するリン酸エステルカルシウム塩
Published : 2022.05.30 / DOI : 10.1080/14686996.2022.2074801
骨欠損を修復する材料として既存の生体不活性、生体活性、生体吸収性材料に次いで、リン酸エステルのカルシウム塩が、第4の新たなカテゴリーの生体応答性材料として提案された。ヒトの血液と同程度の濃度のリン酸エステル加水分解酵素を含む擬似体液中における種々のリン酸エステルのカルシウム塩の反応挙動を調べた結果、これらは酵素反応によって骨の無機主成分であるアパタイトに転化し、リン酸エステルのアルキル基のサイズで転化反応の速度を制御できることが見出された。
Science and Technology of Advanced Materialsに掲載された、東京医科歯科大学の横井太史准教授ら、および名古屋大学の大槻主税教授らによる共著論文 Transformation behaviour of salts composed of calcium ions and phosphate esters with different linear alkyl chain structures in a simulated body fluid modified with alkaline phosphatase は、リン酸エステルのカルシウム塩を第4の新たなカテゴリーの生体応答性骨修復材料として提案し、擬似体液中で生体内酵素に反応してアパタイトに変化する転化反応の速度が、リン酸エステルのアルキル基のサイズで制御できることを報告している。
医療技術の進歩、生活環境の改善などにより、今や超高齢社会となりつつある日本において、生活の質(QOL)を高く保ちながら元気に生きるための医療技術、そしてそれを支える医療材料の開発が求められている。一般に年齢とともに骨密度は低下し、高齢者は骨折を起こしやすくなる。高齢者が寝たきりになる原因の上位にあるのが骨折を原因とした運動機能障害にあり、骨折からの早期回復は高齢者のQOLを維持するために重要である。骨折の早期治癒を支援する高機能骨修復材料の開発が期待されている。
従来の金属ないしはセラミックス骨修復材料は、骨組織とは結合しない生体不活性セラミックス、骨と直接結合する生体活性セラミックス、骨欠損部で次第に分解、吸収され、新たに再生してきた骨に置き換わる生体吸収性セラミックスの3種類であった。本論文で提案されているのは骨折の自律的修復を加速させる生体応答性材料である。この従来の枠に囚われない新しいカテゴリーの骨修復材料は、生体内での環境変化や酵素などの生体分子に応答して、自発的に反応挙動を変化させる材料である。
著者は、リン酸エステルのカルシウム塩が、加水分解酵素の一種で、体内にも存在するリン酸エステル加水分解酵素(アルカリフォスファターゼ、ALP)を添加した擬似体液(SBF)中で、酵素反応によりアパタイトに転化することを見出していた。アパタイトは、良く知られる様に骨を形作る主要な無機物質成分である。著者は、今回の研究でリン酸エステルのカルシウム塩の転化反応速度が、リン酸エステルのアルキル基のサイズの大小により制御できることを明らかにした。
具体的には、メチルリン酸カルシウム、エチルリン酸カルシウム、ブチルリン酸カルシウム、ドデシルリン酸カルシウムを用い、アパタイトへの転化反応速度を比較した。まず、これらの溶解度を調べ、メチルリン酸カルシウム≈エチルリン酸カルシウム>ブチルリン酸カルシウム>ドデシルリン酸カルシウムの結果を得た。次いで、これらの材料をヒトの血漿と同程度のALPを含有するSBFに浸漬して反応挙動を調べると、メチルリン酸カルシウムと、エチルリン酸カルシウムではいずれも結晶形態の変化が見られ、結晶相の変化を調べると、7日間でアパタイトに変化していた。他方、ブチルリン酸カルシウムとドデシルリン酸カルシウムの場合、ほとんど結晶相の変化は認められなかった。すなわち、リン酸エステルが、長いアルキル基を持つほどアパタイトへの転化が少なくなっていた。また、ALP添加SBF中のイオン濃度変化も、形態変化および結晶相の変化を支持する結果であった。これらの解析から、転化反応の律速段階は、リン酸エステルのアルキル基のサイズが大きくなるに従い、同カルシウム塩の溶解律速からリン酸エステルの加水分解律速に変化することが示された。
著者は、「この研究で得られた知見は、生体応答性材料の設計に不可欠な知見である。生体内環境で正確に制御された割合で分解、吸収される新しい骨修復材料の設計、開発に応用できると期待している。今後、この方向に沿った実験研究を行ってゆきたい」と述べている。
論文情報
- 著者
- Taishi Yokoi, Akiyoshi Mio, Jin Nakamura, Ayae Sugawara-Narutaki, Masakazu Kawashita and Chikara Ohtsuki
- 引用
- Sci. Technol. Adv. Mater.23(2022)341.
- 本誌リンク
- http://doi.org/10.1080/14686996.2022.2074801