幹細胞を内包したヒドロゲルの注入で心臓疾患により損傷した組織を再生させる
Published : 2021.08.06 / DOI : 10.1080/14686996.2021.1938212
心臓血管が閉塞を起こすと心筋が損傷し、心機能が低下する。この心筋梗塞状態のネズミに、新しく開発したヒドロゲルに幹細胞を内包させて注入すると、血管形成が促進され、心機能が改善することを見出した。今後、安全性を確認した後、より大型の動物でのテストを行い、近い将来に人での臨床試験を実施することが計画されている。
室温ではゾル状態で、体温に応答してゲル化するポリマー溶液は、注射器などで簡単に体内へ注入でき,注入したその場でゲル化するため,インジェクタブルポリマー(IP)としての医療応用が期待されている。特に生体内で無害な成分として代謝、吸収されるポリマーは取り出す必要がなく生分解性IPとして医療応用が期待されている。しかし、従来の生分解性IPは、ゲル化後に体内で長期間ゲル状態を維持できないなどの問題があり、体内で長期間ゲル状態を維持できる生分解性IPの開発が期待されてきた。
最近開発された生分解性IPは、ゲル化と同時にゲル内部で共有結合による架橋反応が進行し、体内で長期間ゲル状態が維持できるのみならず、配合比を調整するだけで、体内での分解時間やゲル強度を制御することが可能になっている。
関西大学、大矢裕一らが Science and Technology of Advanced Materialsの特集企画 [Focus on Trends in Biomaterials in Japan] に発表した論文 Cellular therapy for myocardial ischemia using a temperature-responsive biodegradable injectable polymer system with adipose-derived stem cells において、温度応答型生分解性インジェクタブルポリマーを用いた細胞治療法の開発が報告されている。
著者らの生分解性IPゲルは、ポリ(カプロラクトン・グリコール酸)(PCGA)とポリエチレングリコール(PEG)からなるトリブロック共重合体 (PCGA-b-PEG-b-PCGA; tri-PCG)を基盤ポリマーとし、これにアクリロイル基を結合したtri-PCG-acrylにポリチオール誘導体(DPMP)を混合したものである。このIPゲルが温度に応答してゲル化するとアクリロイル基とチオール基との間でチオール・エン反応により部分的な架橋構造ができ、IPゲルの分解までの寿命を伸ばすことができる。
著者らは、このIPゲルの再生医療における有効性を見るために、脂肪由来幹細胞(AdSC)を用いた。このAdSCは、心筋虚血として知られる心臓への血流の減少により損傷を受けた心臓組織の治療に用いる研究がすでに行われている。損傷を受けた心臓組織にこの幹細胞を注入すると、生理活性物質であるサイトカインを放出し、血管再生を促進する。しかし、細胞だけを注入しても細胞が局所に生存して留まらないため、期待したほどの効果は得られない。著者らの開発した生分解性IPゲルは、体内で長期間ゲル状態が維持できるように改良されていることから、幹細胞を注入部位に留め、その生体組織再生の機能が有効に発揮される。AdSCを封入した著者らの開発した生分解性IPゲルにおいて、どの程度の期間、幹細胞が生存できるか、どのような種類のサイトカインを放出するかをin-vitroで評価し、また心臓組織に損傷を持たせたネズミに対しin-vivo評価を行った。その結果、幹細胞は、開発された生分解性IPゲル内で生き延びることができ、血管の形成を促進するサイトカインなどの物質を放出し、血管を再生させ、心臓虚血の治療に有効であることが示された。
著者らは、開発した生分解性IPゲルの安全性を確かめた後、より大型の動物での治療試験を行い、さらには人間に対しての臨床研究も行う計画である。また、この生分解性IPゲルを用いて、ガン免疫療法のための免疫細胞デリバリーや血管を人為的に塞栓する治療法、癒着防止材としての応用についての研究も進行中である。
論文情報
- 著者
- Yuta Yoshizaki, Hiroki Takai, Nozomi Mayumi, Soichiro Fujiwara, Akinori Kuzuya & Yuichi Ohya
- 引用
- Sci. Technol. Adv. Mater.22(2021)627.
- 本誌リンク
- http://doi.org/10.1080/14686996.2021.1938212