高温側:太陽光で受熱、低温側:放射冷却で放熱、昼夜を問わず発電可能
Published : 2021.06.29 / DOI : 10.1080/14686996.2021.1920820
スピンゼーベック効果を用いた新しい形の熱電発電素子が開発された。素子高温側は太陽光で加熱され、低温側は放射冷却で冷やされる。生じた温度勾配によりスピン流(磁気の流れ)が生じ、温度勾配の垂直方向に起電力が発生する。放射冷却は夜間でも有効で、定常的に温度勾配が維持され、発電を継続できる。
ゼーベック効果を用いた熱電発電は少なくとも200年の歴史を持ち、近年も発電効率を上昇させるための材料開発が熱心に行われている。このゼーベック効果による熱電発電では、温度勾配と起電力の発生する方向は互いに平行である。主に探索されてきたのはゼーベック効果が大きく、しかも温度勾配を維持することが容易な熱伝導率の低い材料である。この熱電発電材料の研究においては、熱電発電素子の受熱と放熱のプロセスをどのように制御するかといった研究は少なかった。持続可能な社会を達成するためには再生可能エネルギーの開発は大変重要である。日中の太陽光加熱と、放射冷却の両方を同時に利用することは熱電発電の可能性を拡げることになる。
スピンゼーベック効果という新しい熱起電力発生メカニズムを用いた熱電発電の研究が近年にわかに注目を集めている。磁性材料と金属の接合構造に温度勾配が存在すると、この温度勾配に沿ってスピン流が生じ、温度勾配と垂直方向の電極間に熱起電力が発生する。電極間距離を長くすることで熱起電力を増大させることができる。一方で、スピンゼーベック効果による熱電発電では、素子を薄くすれば素子の上下面間で温度勾配を維持するのが難しくなるという問題があった。温度勾配と熱起電力の方向が垂直であるというスピンゼーベック効果の特徴を利用すると、太陽光加熱と放射冷却を同時に使える素子設計が可能になり、この問題を解決することができる。
物質・材料研究機構の石井智、内田健一らがScience and Technology of Advance Materialsに発表した論文 Simultaneous harvesting of radiative cooling and solar heating for transverse thermoelectric generation において、太陽光を照射するだけで定常的に駆動できるスピンゼーベック効果熱電発電素子の開発が報告されている。この熱電発電素子は、主要な要素となる磁性材料の層を中心に置き、底面で太陽光からの熱を吸収し、一方で上面からの放射冷却により素子の厚さ方向に温度勾配を発生させる。これにより磁性材料層にスピン流が誘起され、底面の電極間に起電力が発生することになる。
概念実証用に作製された素子の構成は、最上面に常磁性体であるガドリニウムガリウムガーネット(GGG)基板、続いて、2µm厚のフェリ磁性体のイットリウム鉄ガーネット(YIG)膜、電極となる5nm厚の常磁性体白金(Pt)膜、最低面に太陽光熱吸収のための黒体(BB)塗膜、となっている。素子全体の厚さは0.43mmである。入射した太陽光は、透明なGGG基板、およびYIG膜を透過し、PtおよびBB膜で吸収され、底部を加熱する。他方、上部のGGGは放射冷却により冷やされることで厚さ方向に温度勾配が生じ、YIG膜内でスピン流が誘起される。このスピン流が温度勾配に沿って下のPt膜へ流れ込み、Pt膜に熱起電力が発生することになる。
晴天時には、この素子は太陽光による加熱に加えて放射冷却も有効に働くので、最も効率が良い。一方、曇天では入射太陽光は減る上に放射冷却量も減ることから温度勾配が小さくなり、熱起電力が減少することは避けられない。他方、夜間は太陽光による加熱はないが、晴天なら放射冷却が有効に働くため、一定程度の温度勾配とそれによる熱起電力の発生が期待できる。
今のところ著者たちの作製した素子の熱電発電効率は低く、実用には程遠い。この効率を飛躍的に向上させるために、著者たちは、素子設計の改良、用いる材料およびその組み合わせを変えての実験、さらには熱電発電に対する新しいアプローチを今後行いたいと考えている。
論文情報
- 著者
- Satoshi Ishii, Asuka Miura, Tadaaki Nagao and Ken-ichi Uchida
- 引用
- Sci. Technol. Adv. Mater.22(2021)441.
- 本誌リンク
- http://doi.org/10.1080/14686996.2021.1920820