Published : 2012.10.18 / DOI : 10.1088/1468-6996/13/6/064101
先進医療にマテリアルサイエンスが大きな役割を果たしていることは言うまでもなく,多様な物性を発現できるポリマーはその歴史とともに医療への応用が開始された.当初は力学的特性や安定性を理由に適切なポリマーが選択されてきたが,最近では,生体との界面(バイオインターフェイス)を重視したポリマーの分子設計が進められ,生体内で異物として認識されず長期間機能できるマテリアルの創出に至っている.マテリアルを生体親和化するために細胞表面を模倣した構造を表面に構築することは最も有効な手段であり,このことは細胞膜に存在するリン脂質と類似の構造を持つ2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)ポリマーによってはじめて実現された.岩崎(関西大学)・石原(東京大学)による本総説では,日本発のMPCポリマーの開発から最近の動向に至るまでのおよそ30年にわたる研究成果がまとめられている.
1980年代後半にMPCの大量合成法が確立されて以来,MPCポリマーによるバイオインターフェイス設計に関する研究は飛躍的に進歩した.例えば,循環器系マテリルの表面にMPCポリマーを修飾することにより血液凝固反応や免疫反応が抑制され,現在この修飾法が血液と直接接触する医療デバイス表面としてグローバルスタンダードになりつつある.また,MPCポリマーをグラフトした表面では高い潤滑性が得られるため人工関節の慴動表面の形成にも利用されている.更に,MPCポリマー表面に適当な生体関連分子を導入することにより,生物学的親和性を利用して複雑な生体環境の中から特定の物質を捕捉できるインターフェイスも創製されている.また,これらを基礎に,非特異的な反応を制御し生物学的特性を高く維持できる高S/Nバイオセンサーが開発具現化されつつある.加えて,極最近の研究により,MPCポリマーがタンパク質や細胞の働きに有利な環境を作り出すことも明らかになってきている.
今後,MPCポリマーによる医療デバイスの高機能化がより一層進められることはもちろんのこと,分子生物学や細胞生物学の分野においてもその有用性が実証され,MPCポリマーがバイオサイエンス全体の新たな展開に大きな貢献をする事が期待される.
論文情報
- 著者
- Yasuhiko Iwasaki and Kazuhiko Ishihara
- 引用
- Sci. Technol. Adv. Mater.13(2012)064101.
- 本誌リンク
- http://doi.org/10.1088/1468-6996/13/6/064101