裸眼では見えない近赤外光を見える化する有機アップコンバージョン素子の開発
Published : 2021.04.13 / DOI : 10.1080/14686996.2021.1891842
近赤外光を可視化するスクアリウム色素をベースにした有機素子の開発である。この素子は高い温度でも安定で、しかも安い素材で作られている。この廉価な素子の開発は、近赤外光イメージングの利用範囲の大幅な拡大を導くことになろう。
人の可視領域は波長400 nm(紫)から700 nm(赤)であり、これを越えた700 – 2500 nm領域は、近赤外光と呼ばれ、人の目には見えない。近年、特に1000 – 2500 nmの短波長赤外(shortwave infrared; SWIR)光は、光学センシング、イメージングの分野、例えば、深部生体組織イメージング、製品品質制御、ロボティックス、リモートセンシングなどの広範な技術領域での応用が広がりつつある。
SWIR光で撮影できる赤外線カメラはさらにシリコンウエハー、建造物、食品などの品質検査に役立っている。現在、多くのSWIRカメラの受光素子にはInGaASが用いられていて、このInGaAsセンサーアレイからの信号を電子回路で処理し、モニター画面に画像として表示している。このため、SWIRカメラシステムはかなり高額なものになっている。
これに対しSWIR受光体と可視光エミッターを組み合わせたSWIRアップコンバージョン素子は廉価な、しかもピクセルフリーなイメージングデバイスとして従来のSWIRカメラを置き換える可能性がある。
Science and Technology of Advanced Materialsに、スイス、EmpaのRoland Hanyら、およびイタリア、シエナ大学のDaniele Padulaが共著発表した論文 Shortwave infrared-absorbing squaraine dyes for all-organic optical upconversion devices は、波長1000 nm以上の短波長赤外光を効率よく可視光に変換する有機スクアリウム色素をベースにしたSWIRアップコンバージョン素子の開発について報告している。
SWIRアップコンバージョン素子は、スクアリウム色素を柔軟性基板上に成膜し、さらにこの上に可視光エミッターとして有機発光ダイオード(OLED)を重ね、組み合わせることで作成された。すなわち、スクアリウム色素層がSWIR光を吸収し、生成した電荷がOLED層に流入、再結合することで可視発光する。
著者らは、スクアリウムの基本骨格にベンズ(cd)インドール置換基を導入し、さらにこの置換基にフェニル、カルバゾール、チオフェンなどを加えることでドナー強度を強め、1200 nmを超えるSWIR領域に吸収ピークを持つようなスクアリウム色素の合成に成功している。しかもこの色素は可視光領域の吸収はほとんどなく、また、200°Cまで安定である。この有機アップコンバージョン素子は、通常の実験室環境で数週間にわたり、安定に動作している。
著者らは、現在の技術では実現できないような応用がこの全有機アップコンバージョン素子で可能になると期待している。例えば、車のフロントガラスに直接積層・作成すれば、可視領域の視野を遮ることなく、すなわち昼は普通の透明フロントガラスを、夜にはSWIR光が見える、つまり暗視機能を持ったガラスにできる、と考えている。現在、著者らは色素の吸収ピークをSWIR領域のより波長の長い方向にシフトさせるよう試みている。また、SWIR領域に吸収感度のある新しい色素の探索に機械学習の技術を用いつつある。一方、アップコンバージョン素子の感度および安定性の向上にも取り組んでいる。
論文情報
- 著者
- Karen Strassel, Wei-Hsu Hu, Sonja Osbild, Daniele Padula, Daniel Rentsch, Sergii Yakunin, Yevhen Shynkarenko, Maksym Kovalenko, Frank Nüesch, Roland Hany and Michael Bauer
- 引用
- Sci. Technol. Adv. Mater.22(2021)194.
- 本誌リンク
- http://doi.org/10.1080/14686996.2021.1891842