外力に対する細胞の応答を、ナノサイズのプローブで明らかに

細胞の「骨格」が外的ストレスにどのように適応するのかを、新技術で解明

2023.11.27掲載
ARTICLE

Published : 2023.10.18 / DOI : 10.1080/14686996.2023.2265434

研究チームは、生きた細胞にナノサイズの凹みを与え、その結果生じる細胞内の変化から、細胞全体が外部からの物理的な力にどのように応答するかをとらえることに世界で初めて成功した。

つくばにある国立研究開発法人物質・材料研究機構(以下、NIMS)の研究者が率いるチームは、この新技術の開発のために原子間力顕微鏡を利用した。この手法では、先端がわずか10億分の数メートルというナノスケールのプローブで、細胞の表面に凹みを与えることで、細胞の表層から内部に至るまで、力がどのように行きわたるかを測定する。研究チームは機械学習を用いることで、プローブが感じる力の詳細な解析を行い、その結果、細胞内で力が広がる様子を高精細に求めることに成功した。さらに、細胞の「骨格」を構成する微小管やアクチンフィラメントを染色することで、外力によるひずみが、それら細胞骨格や細胞の内部構造にどのような影響を与えるかを明らかにした。

「細胞は、周囲のさまざまな化学的・力学的刺激に適応できるスマート材料です」本論文の責任著者である物質・材料研究機構 高分子・バイオ材料研究センター メカノバイオロジーグループのリーダーである中西淳氏は言う。細胞の優れた適応能力は、細胞が自らを健康な状態を保つのに必須の機能で、それが破綻すると、糖尿病、パーキンソン病、心臓発作、がんなど、さまざまな病気につながることが最近明らかになってきている。

これまで、細胞内の力のマッピングは技術的な課題があった。例えば、細胞内の特定の部位に忍び込ませたセンサー分子を用いる方法などでは、局所的な情報しか得ることができない。「私たちは、ナノスケールの 「指 」で細胞に 「触れる 」独自の手法を開発しました。これによって、細胞全体の力の分布をナノメートルの分解能でマッピングすることができるのです」本論文の筆頭著者であり、メカノバイオロジーグループに所属する日本学術振興会特別研究員の王 洪欣(Hongxin Wang)氏は言う。

この研究により、細胞内の引張力と圧縮力はそれぞれアクチン線維と微小管によって担われ、さながらキャンプ用テントのポールやロープのように働いて、細胞の形状を維持していることが明らかになった。さらに、アクチン線維が担う力を解除させた結果、細胞核も外力に抵抗するのに関与していることが判明。細胞のストレス応答における細胞核の役割が浮き彫りになった。 研究チームは、健康な細胞とがん細胞の反応の比較も行った。がん細胞は健康な細胞よりも外部からの圧迫に強く、それが故に細胞死を起こす可能性が低いことがわかった。 今回、外的ストレスに対する複雑な細胞内機構を明らかにするだけでなく、がん細胞における反応の違いを明らかにしたことは、健康な細胞とがん細胞を区別する新手法、すなわち細胞のメカニクスに基づく診断ツールを提供できる可能性がある。

現在、病院ではがんの診断に細胞の大きさ、形、構造を用いている。しかしながら、これらの特徴は、健康な細胞と病気の細胞を見分けるには必ずしも十分な情報を提供しない。「今回の発見は、細胞内の力の分布を測定することで細胞の状態をチェックする新たな方法を提供するもので、診断精度を劇的に向上させる可能性があります」と、本論文のもう一人の責任著者であり、 NIMSマテリアル基盤研究センター 先端解析分野 電子顕微鏡グループ 主任研究員張 晗 (Han Zhang) 氏は言う。

この研究は『Science and Technology of Advanced Materials』誌に掲載された。

図の説明:足の応力(プレストレス)分布は足の機能によって異なる

論文情報

著者
Hongxin Wang, Han Zhang, Ryo Tamura, Bo Da, Shimaa A. Abdellatef, Ikumu Watanabe, Nobuyuki Ishida, Daisuke Fujita, Nobutaka Hanagata, Tomoki Nakagawa & Jun Nakanishi
引用
Sci. Technol. Adv. Mater.24(2023)2265434.
本誌リンク
http://doi.org/10.1080/14686996.2023.2265434